新たな「ふるさと財団」―岡山とのご縁

ふるさと財団の、地域再生マネージャー事業アドバイザー会議に出席いたしました。 その財団が、この10月1日、新たな一歩を踏み出しました。これまで「一般財団法人地域総合整備財団」が正式名称で、「ふるさと財団」は広く親しまれてきた通称でしたが、このたび「一般財団法人ふるさと財団」が正式名称となりました。

財団は、1988年、全国の都道府県と政令指定都市の出捐によって設立され、総務省と連携しながら、地域の活性化を支えてきた組織です。長期無利子の「ふるさと融資」を出発点に、地域再生、公民連携、大学との連携、人材育成へと支援の幅を広げてきました。会の冒頭、財団の末宗徹郎理事長から、今回の名称変更に合わせ、自治体と民間がともに地域課題の解決に取り組む「公民共創」を、さらに深める方針が示されました。その具体的な取組が、同じく10月1日に始まった会員制度「ふるさと共創プレイス」であり、自治体、民間事業者、個人が参加し、地域の課題や目指す姿を共有しながら、新しい取組を生み出していく場となります。行政が仕様を決めて民間に任せるだけでなく、何が課題なのか、何を実現したいのかという段階から、対等な立場で対話を重ねることが重視されています。個人会員制度もあるとの説明で早々に申し込みの手続きに入りました。

さらに、日本政策投資銀行との包括連携協定も締結されました。地域に必要な知恵や人材、事業を支える金融の力を結びつけ、公民共創による地域づくりを進める動きです。私自身、地域経営とファイナンスの関係を考えてきただけに、こうした連携が、地域の挑戦を具体的に支えるものへ育つことを期待しています。岡山では歴代の日本政策投資銀行岡山事務所長とは交流を続けてきました。

また、私が担当する地域再生マネージャー事業は、地域の人々と外部の専門人材を結びつける取組であり、観光、農業、移住、まちなかの再生など、それぞれの課題に応じて専門家の力を活用し、継続的に地域づくりを支えます。「外部専門家短期派遣事業」「ふるさと再生事業」「まちなか再生事業」という支援の仕組みです。

アドバイザー会議では、各地域の取組や進捗を共有し、課題を確かめ、今後の方向を検討します。私が大切にしたいのは、計画が予定どおり進んだかという確認に加え、その取組が地域の人々に根づき、支援期間が終わった後も続いていくかという視点です。誰が担い、どのように収益や活動資金を確保し、次の人材へつなぐのか。現地で見聞きしたことを、こうした問いに照らして考える必要があります。今年度、私が担当したのは、北海道函館市、兵庫県朝来市、そして大分県国東市・豊後高田市の広域連携による取組の3地域です。各地でお会いした皆さんの顔や、現場で交わした言葉を思い浮かべながら、事業の進捗状況と創生活動の成果について報告いたしました。

今年の担当地域の一つ、函館市へは、7月22日から23日にかけて、昨年に続いて伺いました。市役所では大泉潤市長とも再会させて頂きました。

函館といえば、夜景や港町の風情、新鮮な海産物が思い浮かびます。しかし、今回の取組で光を当てているのは、その背後に広がる農村地域です。ワイン、日本酒、農産物、景観、生産者との交流を結び、高付加価値の滞在型グリーン・ツーリズムを育てようとしています。目指す方向は「高価格・長時間滞在・少人数」、すなわち「高・長・少」です。造り手の話を聞き、畑や醸造の現場を訪ね、地域の食を味わう。その土地で過ごす時間に価値を持たせ、生産者にも適正な対価が届く観光を考えています。函館五稜乃蔵やワイナリー、地域資源を生かした農業の現場には、その可能性が感じられました。観光客の人数だけでは見えてこない、地域に残る所得や、受け入れる側の負担があります。訪れる人が満足し、迎える人も無理なく続けられる。その両方を実現することが、函館の取組を考える上で大切だと持論を報告いたしました。

兵庫県朝来市へは、7月7日から8日にかけて伺いました。竹田城跡で知られるまちですが、今回の地域再生の中心となるのは、鉱山町としての歴史を持つ生野地域です。現地では、「未来につなぐ鉱山町」の第1回エリアプラットフォームを傍聴した感想を述べました。行政や事業者、金融、地域団体、外部専門家などに加え、生野高校の生徒たちも参加していました。最後に高校生一人ひとりが感想を述べる姿が印象に残っています。地域の将来を話し合う席に、これからを生きる若者がいる。そのことに、大きな意味を感じました。歴史ある生野銀山を支えてきた「生野ハウス」や古民家、生野銀山なども視察しました。立派な建物や豊かな歴史が残っていても、それをどう使い、誰が維持していくかは、簡単な問題ではなく、建物の価値を尊重しながら、事業として成り立つ利用方法と運営の担い手を考える必要があります。また、まちなかでは、鉄道の本数や二次交通の利便性についても声を伺いました。歴史的な資源を一つずつ磨くことと、それらを移動や滞在の仕組みで結ぶこと。この両方があって、地域全体の魅力が生きてきます。私が取り組んできた公共施設の活用や地域公共交通の課題とも重なる、学びの多い訪問でした。

大分県では、国東市と豊後高田市による広域連携の取組を担当しました。2市で一つの事業として、日本遺産「鬼が仏になった里『くにさき』」を核に、歴史、文化、自然を生かした観光と地域づくりを進めています。現地では、国東市の松井督治市長、豊後高田市の佐々木敏夫市長にご挨拶し、地域の将来への思いを伺いました。取組には、通称で11の谷を巡る体験型の観光商品づくり、地域ガイドの育成、地域産品の開発、チャーター型ツアーなどが位置づけられています。豊後高田市の「昭和の町」では、懐かしさを守りながら、若い世代にも届く価値を生み出そうとする姿に触れました。旅行者にとって、地域の魅力は行政区域ごとに分かれているわけではなく、寺社や集落、食や風景をたどる旅を、2市が力を合わせて支える。そうすることで、一つの市だけでは組み立てにくい滞在や周遊の可能性が開けます。観光を入口にして、繰り返し訪れる人、地域の活動に関わる人を増やしていく。その道筋を、担い手や交通、収益の仕組みとともに考えることが大切です。

函館の農と食、朝来の鉱山町、国東・豊後高田の歴史文化。資源も地域の事情も異なりますが、共通しているのは、そこにある価値を見つめ直し、人の仕事と暮らしにつなげようとしていることです。外部の専門家は、その地域の代わりに未来を決めることはできません。地域の皆さんの思いを聞き、一緒に考え、取組を続けるための条件を整える。その役割を忘れずに担当業務を続けて参ります。

さて、会議を終えた後には、財団の末宗徹郎理事長と、総務省自治行政局地域自立応援櫻井理寛課長と、一献を傾ける機会を頂きました。末宗理事長は元復興庁事務次官で、復興行政に携わってこられた方です。地域の再生について、会議とはまた違った距離でお話ができる、ありがたい時間となりました。そして櫻井課長は、元岡山市政策局長です。私が岡山大学に着任したのと同じ頃に岡山へ来られ、高谷茂男市長から大森雅夫市長へと市政が引き継がれる時期に、それぞれの立場から、岡山のこれからを考えてきました。行政の中枢で政策を担う立場と、大学から地域との連携に取り組む立場。役割は違っても、岡山をより良くしたいという思いは共通していました。私にとっては、まさに心の共、そして心の友であります。

今は国の仕事を担う櫻井課長と、全国の地域を支える財団の席で再会し、岡山の話題で盛り上がる。懐かしい人々の顔や、あの頃の仕事が思い出され、話は尽きませんでした。立場や勤務先が変わっても、ともに地域に向き合った時間は残ります。その記憶があるからこそ、久しぶりでも率直に語り合えるのでしょう。

新たな名称で歩み始めたふるさと財団が目指す、公民共創。その土台にも、人と人が出会い、互いを知り、信頼を積み重ねる時間が必要なのだと確信しました。制度や資金が挑戦を支え、それを使う人の思いと仕事が地域を動かす。各地の現場と岡山の仲間との再会が、そのことをあらためて教えてくれました。

国の仕事に関わりながら、おかやまの話題に心が温まった一日でした。お世話になった各地域の皆様への感謝を胸に、これからも、地域の未来を一緒に考えて参りたいと思います。

 


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