ご縁とご恩が結ぶ京都での学び

京都大学へ通う機会を頂き、あらためて思うことがあります。人は、いくつになっても誰かに教えられ、励まされ、その背中を追いかけながら歩いていくのだということです。教える立場を頂いていても、私自身は、まだまだ学ぶことばかりです。京都で過ごす時間は、これまでの仕事や研究を振り返りながら、その先を考える大切な時間になっています。

今回の京都では、授業の合間を利用して、農学部、理学部エリアを散歩いたしました。岡山大学のキャンパスも郊外移転をしていない国立大学では屈指の広さですが、京都大学の吉田キャンパスも、この農学部の並木道の奥には古い記念館があったり、さらに広いグラウンドがあったり、道路で分かれてはいますが、改めてキャンパスの広さを実感できました。また、京都大学の大学生協の中央食堂でランチを頂きました。生協会員で無いため割高だと知りました(岡山大学生協は誰でも同一金額)。

お慕いしている武藤浩先生の研究室を訪問しました。

武藤先生は、京都大学法学部を卒業後、運輸省に入省され、国土交通事務次官を務められました。バスやタクシーの行政、国鉄改革、航空行政、成田空港の経営など、交通と社会の仕組みが大きく変わる現場を経験されています。京都大学公共政策大学院では、そうした経験を踏まえ、大学の理論と行政の現場をつなぐ教育に携わっておられます。

地域公共交通や自治体の課題に関わってきた私にとって、先生の歩みは、自分の問題意識と深く重なるものです。制度をつくることと、それを地域で実際に動かすことの間には、多くの仕事があります。住民の理解を得ること、事業者との調整を重ねること、変化によって生じる負担を見落とさないこと。政策は、その過程まで考えて初めて、人々の暮らしに届くのだと思います。瀬戸内海の直島にある新美術館のオープニングこけら落としにご一緒させて頂いた思い出が深く心に刻まれています。

先生の大学公式のご紹介には、改革によって生じた弊害を修復することも大きな仕事であったと記されています。改革を進めた後に何が起きたかを確かめ、必要ならば手直しをする。その責任まで含めて行政を捉える視点は、地域の持続可能性を考える上でも大切です。研究室を訪ねる機会を頂き、私自身も、現場の複雑さを十分に受け止めているだろうかと、あらためて考えました。

そして夜には、京都大学の荒木秀治学務部長と、「大学とは何か」という原点に立ち返る議論の時間を頂きました。荒木さんとは、岡山大学時代からのご縁です。同じ大学で働いた仲間であり、大学の外へ出て、地域の皆さんとともに学び、活動してきた方でもあります。

私が岡山大学に着任した頃、荒木さんは財務課長を務めておられました。学内の業務でお世話になったことはもちろん、岡山市中心市街地でのまちづくりや被災地支援の活動でも、多くのことを教えて頂きました。さらに、実践型社会連携教育では特任准教授として、NPOと連携した学生指導の先頭に立ち、教育プログラムの開発と実践に力を尽くしてくださいました。財務の仕事を担いながら、学生と地域を結ぶ教育にも踏み込んでいく。その行動力と視野の広さが、荒木さんの魅力です。

仕事の話ばかりではありません。荒木さんとは西川緑道公園界隈の活性化活動として、満月BARやハレノミーノなど、大学の中で顔を合わせるだけでなく、NPOの皆さんと共に同じまちの活動を楽しみ、美作市上山地区の棚田再生の現場を訪ね、若者や移住者が地域の人々とともに、里山の暮らしと風景を取り戻そうとする場所など、地域へ足を運び、人と人をつないでいく。そうした姿に、荒木さんの仕事の根底にある思いが表れていたように感じます。その土地の空気を一緒に味わった時間も、私たちのご縁を育んでくれました。

岡山で地域と大学の関わりを考えていた私たちが、今度は京都で、大学のこれからを語り合っている。あの送別の折に願った「また、ご一緒に」が、こうして形を変えて続いていることを、うれしく思います。大学の教育は、教員だけで成り立つものではありません。学生の学びを支える職員がいて、現場を開いてくださる地域の方々がいて、その間をつなぐ人がいます。荒木さんとは、そのことを岡山での実践を通じて共有してきました。だからこそ、「大学とは何か」という大きな問いも、私たちにとっては、学生や地域の人々の顔が浮かぶ、身近で切実な問いなのです。

学問の自由を守りながら、社会の変化にどう向き合うか。学生が自ら問いを持ち、現場で学べる機会をどう育てるか。すぐには答えの出ない問題を、じっくり考え続けられる場をどう支えるか。京都での対話は、岡山で積み重ねてきた経験を、もう一度別の角度から見つめ直す時間になりました。

川北先生から学ぶ、実務を研究へと深める姿勢。武藤先生の歩みに見る、政策を現場で担う責任。そして荒木さんとの対話から考える、学びの場を支える仕事。それぞれの立場は異なりますが、私にとっては、これから何を大切にして働き、学ぶのかを考える機会となっています。頂いたご縁とご恩に、弟子として、また、ともに歩んできた仲間として、少しでも応えたい。そして、受け取ってきたものを、次の若い世代につないでいきたいと思います。誰かを紹介すること、相談に耳を傾けること、挑戦する機会を一緒に探すこと。私にできることは小さくても、かつて自分が支えて頂いたように、誰かの歩みを支えられればと思います。

私自身は、まだまだ雑巾がけであります。年齢や肩書が増えたからといって、学びが終わるわけではありません。自分の知らないことを知る人に会い、思いもよらなかった考え方に触れると、心が動きます。もう少し勉強してみよう、もう一度現場へ出かけてみようと、足が前に出ます。ウサギ、ウサギ、なに見て跳ねる。面白い先人を見て跳ねる。ここでいう先人は、年齢が上の人ばかりではありません。自分より先にある問いに向き合い、道を切り開いている人であれば、若い方もまた、私の先人です。

京都には、つい後を追いかけたくなる人がいます。

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