人口減少社会において、日本の自治体は共通の課題に直面しています。それは、高度経済成長期に整備された公共施設が一斉に更新時期を迎えているという問題です。
学校、公民館、児童館、市営住宅、福祉施設、体育館―。これらの多くが築30年、40年がたち、中には築50年を超え、老朽化が進んでいます。
このため各自治体では「公共施設等総合管理計画」を策定し、施設の統廃合や延命化を進めています。しかし現実の議論を見ていると、多くの場合その焦点は「施設をどう減らすか」という管理論にとどまりがちです。
もちろん財政制約の中では、施設の整理は避けられません。しかし、本来の公共施設マネジメントは、それだけではないはずです。
この視点を強く感じさせてくれる施設が、東京都国立市のくにたち未来共創拠点「矢川プラス」です。
東京都では現在、老朽化した都営住宅の建替えが急ピッチで進んでいます。人口減少の時代とはいえ、大都市圏では都市更新の動きが着実に進んでいることを実感します。
文教都市として知られる国立市も、その流れの中にあります。武蔵野の面影を残す静かな住宅地の一角にある矢川団地も建替えが進められており、その団地再生の拠点として整備されたのが、くにたち未来共創拠点「矢川プラス」です。
3月12日、時間をかけてこの施設を見学させていただきました。
正直に言えば、最初は「どんなコンセプトの子育て支援施設だろう」と思っていました。ところが、実際に中に入ってみると、その印象はすぐに覆されました。
建物に入ると、まず目に入るのは、吹き抜けの開放的な空間です。子どもたちが遊び、親子が語らい、学生が勉強をしている。その横では、市民グループが打ち合わせをしている。施設のどこかでイベントが行われている。そんな光景が、自然に広がっています。
特に印象的だったのは、「通り土間」と呼ばれる空間です。カフェのようなテーブルやソファが置かれ、誰でも自由に座ることができる。特別な用事がなくても、ふらっと立ち寄ることができる場所です。
公共施設というと、普通は「目的がある人が来る場所」です。ところが、ここは違います。目的がなくても来られる公共施設なのです。
さらに驚いたのは、子育て支援の考え方でした。乳幼児の親子が集まるスペース、子どもたちが遊ぶ児童館、中高生の居場所、学習スペース、市民活動の部屋、屋外広場などが一体になっています。つまり、子どもの成長段階に応じて、同じ場所の中で居場所がつながっているのです。
そして、この施設のもう一つの特徴は、幼児教育センター機能が併設されていることです。ここでは、幼児教育の研究や研修、保育者の学び、市民向け講座などが行われています。つまり、現場の子育て支援の実践と、教育政策の研究が同じ場所に存在しているのです。これは実に興味深い構造です。徒歩10分ほどに、幼児教育の分野でも定評のある東京女子体育大学があることも好影響を与えていると想像します。
すなわち、公共施設は普通、「サービスを提供する場所」です。しかし矢川プラスは違います。ここは、地域の未来の子育てを考える知的拠点でもあるのです。
もう一つ感心したのは、運営の考え方でした。
この施設は国立市の施設ですが、運営は社会福祉法人が担っています。行政だけではなく、市民や地域団体、専門家など、多様な主体が関わることで、施設の活動が柔軟に展開されています。
つまり、ここは行政がつくった施設ではなく、地域みんなで育てる施設なのです。
この施設を見ながら、私はあることを強く感じました。
公共施設とは、建物ではなく、人と人の関係性を生み出す装置なのではないか。
人口減少の時代において、公共施設をただ維持することは難しくなっています。しかし逆に言えば、施設をうまく使えば、地域の新しいコミュニティを生み出すこともできるのです。矢川プラスは、まさにその実例でした。
岡山に戻りながら、私は考えていました。
もし岡山でも、団地再生や公共施設の更新のタイミングで、こうした「地域共創拠点」をつくることができたらどうだろう。子育て支援、多世代交流、市民活動、学びの場。それらを一つの場所に束ねることができれば、地域社会の風景は大きく変わるかもしれません。公共施設マネジメントという言葉がありますが、その本質は施設の削減や統合ではありません。本当の意味は、公共施設を使って地域の未来をどう設計するかという問いなのだと思います。矢川プラスは、その問いに対する一つの答えを示しているように感じました。岡山でも、こうした発想を少しずつ形にしていきたい。そんな思いを強くした視察でした。
【施設機能のまとめ】
くにたち未来共創拠点「矢川プラス」は、単なる児童館や子育て施設ではなく、子育て支援、多世代交流、市民活動、学び、地域のにぎわい創出を一つの建物に束ねた複合公共施設です。国立市はこの施設を、地域の「元気」と「未来」をみんなでつくる拠点として位置づけています。
大きく言えば、矢川プラスの機能は次の四層で成り立っています。
第一に、子ども・子育て世代の居場所機能です。
館内には、18歳までの子どもが集い、遊び、交流できる矢川児童館があり、さらに0歳から幼児までの親子が安心して過ごせるここすきひろば、身体を動かしながら遊びと学びを体験できるこども縁側が配置されています。つまり、乳幼児から学齢期、さらに中高生まで、成長段階に応じた居場所を一体的に持っている点が大きな特徴です。授乳室やおむつ替えスペース、こども用トイレも整備されており、子育て中の利用を前提とした設計になっています。
第二に、多世代交流・日常滞在機能です。
矢川プラスには、誰でもふらっと立ち寄れるとおり土間、吹き抜けで開放感のあるみんなのホール、屋外の芝生空間であるみんなのひろば、そして個人学習や読書、パソコン作業に使えるスタディコーナーがあります。公式案内では、とおり土間にはミニキッチン、カフェテーブル、ソファ、ベンチなどが置かれ、くつろぎや交流のための空間とされています。つまり「用事がある人だけが来る施設」ではなく、目的がなくても滞在できる公共空間として設計されているのです。
第三に、貸館・市民活動支援機能です。
1階には多目的ルーム(大・小)とスタジオがあり、予約利用が可能です。利用案内でも、多目的ルームとスタジオは有料・要予約の施設として案内されています。これにより、地域サークル、講座、発表、文化活動、交流イベントなど、市民主体の活動を受け止める“器”になっています。公共施設マネジメントの観点から見ると、単に施設を維持するのではなく、市民が自分たちで使いこなし、場の価値を高める仕組みを内包している点が重要です。
第四に、幼児教育・子育ち支援の研究開発機能です。
これは矢川プラスの最も先進的な点で、2階の**こどもラボ(国立市幼児教育センター)がその中核です。ここどもラボは、国立市が進めてきた幼児教育施策をさらに発展させるための施設で、国立市の説明では、子育ち・子育てを「まちぐるみ」で支える仕組みづくりの中心を担い、「実践」「研究」「研修」「啓発」**の四つを柱にしています。未就園児向けプログラムの実施、保育・幼児教育の実践研究、保育者や市民向け研修、情報発信や講演会などを通じて、単なる“サービス提供施設”ではなく、地域の子育て政策を学習し更新していく拠点として機能しています。
このため、矢川プラスは一般的な複合施設より一歩進んでいます。
普通の複合公共施設は「児童館+貸館+広場」の組合せで終わりがちですが、矢川プラスはそこに政策形成を支える知的機能を加えています。言い換えると、ここは「子どもを預かる」「部屋を貸す」だけの施設ではなく、子育てを軸に地域社会の関係性を再編する拠点として組み立てられているのです。
運営面でも特徴があります。
矢川プラスは国立市の公の施設ですが、管理運営は社会福祉法人くにたち子どもの夢・未来事業団が担っています。国立市の指定管理者選定に関する資料では、子どもから高齢者まで多様な世代が集い、にぎわいを創出し、共に学び合う拠点とするには、行政の枠にとどまらない柔軟な施設運営が必要と判断し、指定管理者制度を導入したと説明しています。業務内容には、子育てひろば・幼児教育センターの運営、貸室・共用部の受付、維持管理、事業実施とコーディネートが含まれています。
したがって、視察のポイントを公共施設マネジメントの言葉で整理すると、矢川プラスの機能は次のようにまとめられます。
- ハードの複合化
児童館、乳幼児親子ひろば、学習スペース、貸室、広場、幼児教育センターを一体化し、施設の重複を減らしながら利用価値を高めている。
- ソフトの複合化
子育て支援、居場所づくり、市民交流、イベント、学習、専門研修、政策的な実践研究までを同一拠点で展開している。
- 多主体共創
自治体が設置しつつ、指定管理者、市民、保護者、地域団体、専門家などが関わる余地をつくり、「行政が提供する場」から「みんなで育てる場」へ転換している。施設コンセプト自体が「みんなでつくる場所」と明示している。
- 日常利用と政策機能の接続
親子が遊ぶ、子どもが過ごす、市民が集うという日常的利用の延長線上に、幼児教育センターの研究・研修・啓発が置かれているため、現場の知見が政策や実践改善につながりやすい。
- 施設を“消費する場”でなく“関係を生む場”にしている
とおり土間、ホール、芝生広場などを通じて、偶然の出会い、交流、催し、共学を促す構造になっている。
岡山への示唆としては、単に「子育て施設を増やす」よりも、公共施設の再編・更新を契機に、子育て支援、多世代交流、市民参加、学びの機能を束ねた“地域共創拠点”として再設計することが重要だと言えます。矢川プラスの本質は、建物の新しさよりも、施設を媒介に人と人、人と地域、現場と政策をつなぐ設計思想にあります。
【地方創生への考察】
1 多様な機能が一体化した「社会関係資本」を生む複合型公共施設
公共施設を使って地域の関係性を生み出す設計:子ども、保護者、学生、高齢者、市民団体、専門家。多様な人々が日常的に交差することで、新しい関係を生む。これは社会学でいう社会関係資本(ソーシャルキャピタル)を生み出す装置と言える。人口減少社会において、地域の持続性を支えるのは単なる人口規模ではなく、地域のつながりの密度であると言えよう。その意味で、公共施設は単なる建物ではなく地域の関係性を育てるインフラが必要であり、それが・児童館、・乳幼児親子の居場所、・市民活動スペース、・学習空間、・多目的ホール、・屋外広場、・幼児教育センター機能などである。
また、現場と政策をつなぐ施設の特徴は、幼児教育センター機能が併設されていることであり、・幼児教育の研究、・保育者の研修、・市民向け講座、・子育て支援の実践など、つまり、子育ての現場、研究・研修、政策形成が同じ場所に存在することは、実に重要な構造である。つまり、日本の行政では、現場と政策が分断されがちであり、こうした点を克服したと言える「矢川プラス」では、日常の実践から政策的知見が生まれる仕組みが整っている。言い換えればここは、地域の未来を学習する公共施設と言える。
最後に、公共施設は行政だけではつくれない時代になっているという点である。それは、運営の仕組みであり、「矢川プラス」は、国立市という自治体の施設でありながら、その運営は社会福祉法人が担っている。そして、行政だけではなく、・市民団体、・地域住民、・専門家、・子育て支援団体などの、多様な主体が関わっている点に注目したい。
つまりこの施設は行政が管理する施設ではなく地域が育てる施設なのである。
2 公共施設マネジメントの次の段階への示唆
矢川プラスの事例が示しているのは、公共施設政策の次の段階である。
これまでの公共施設政策~施設管理の時代
・施設をどう維持するか
・施設をどう減らすか
これからの公共施設政策~地域共創の時代
・施設を使って地域をどうつくるか
・施設を使って社会関係資本をどう育てるか
公共施設とは、地域の未来を設計するプラットフォームなのである。
3 地方都市への示唆
地方都市では、団地再生、学校再編、公共施設更新など、都市構造が大きく変わる局面を迎えている。このタイミングは危機であると同時に、地域社会を再設計する機会でもある。
そのとき重要になるのは次の三点です。
第一に、子育て支援を核に据えること。
第二に、多世代交流の空間を設計すること。
第三に、市民参加型の運営を実現すること。
これらを統合した施設を、私は地域共創拠点と呼びたい。
つまり、人口減少時代の公共施設政策の核心は、単なる施設管理ではない。
公共施設をどう減らすかではない
公共施設を使って地域の未来をどうつくるか
国立市の矢川プラスは、その問いに対する一つの答えを示している。
全国の自治体がこれから迎える公共施設更新の波。それは単なる建替えの問題ではない。
それは、地域社会をつくり直すプロジェクトなのである。
公共施設は、まだまだ地域の未来をつくる力を持っているのである。
