父が亡くなり、母を岡山へ迎えて以来、長く空き家となっていた愛媛の生家。定年退職を一つの節目として、この一年、岡山と愛媛を何度も往復しながら、家財の整理や庭木の手入れ、空き家バンクへの登録手続きなどに取り組んでまいりました。
そしてこのたび、ご縁に恵まれ、この家を大切に活用してくださる方が見つかり、お譲りできる見通しとなりました。父の日を迎えるこの時期に、一つの大きな区切りを迎えられたことに、不思議なご縁を感じています。
庭先に立つと、小さな蟹やカミキリムシが姿を見せてくれました。まるで「お疲れさま」と迎えてくれているようで、思わず笑みがこぼれました。
この家は、私が生まれ、高校を卒業して東京へ旅立つまでを過ごした、人生の原点です。幼い頃に庭を駆け回った日々、家族そろって食卓を囲んだ時間、近所の仲良し同級生と、深夜まで将来への夢を語り合った日々。その一つひとつの思い出が、この家には静かに息づいています。
家を手放すことは決して寂しくないと言えば嘘になります。思い出が詰まった生家との別れには、やはり胸が熱くなります。しかし、誰も住まないまま年月を重ねるよりも、新しい家族の暮らしの舞台として再び命を吹き込まれることこそ、この家にとっても最も幸せなことではないかと思うようになりました。
地方では人口減少と空き家問題が大きな社会課題となっています。一軒一軒の空き家には、それぞれの家族の歴史や人生があります。だからこそ、次の世代へ大切に引き継がれていくことは、地域にとっても大きな意味を持つことではないでしょうか。今回の経験を通して、空き家対策とは単なる不動産の問題ではなく、人の思いを未来へつなぐ営みであることを改めて実感しました。
この夏には、東京で暮らす娘や孫たちが最後の記念に里帰りをする予定です。子どもたちや孫たちにも、この家で過ごした時間や祖父母の思い出を語り継ぎ、生家への感謝を込めた「思い出のリレー」をしたいと思っています。そして、家族みんなで最後の時間をゆっくりと過ごし、名残を惜しみながら、生家に「ありがとう」を伝えたいと思います。
今回の帰省では、故郷の友とも久しぶりにゆっくり語り合うことができました。学生時代から変わらぬ笑顔で迎えてくれる友がいることは、本当にありがたいことです。昔話に花を咲かせながら、互いの近況を語り合う時間は、まさに故郷ならではの温もりでした。歳を重ねても変わらない友情は、人生の大切な財産であることを改めて感じました。
郷里・愛媛県西条市は、サッカー日本代表として世界で活躍した長友佑都選手の故郷でもあります。まちは応援ムードに包まれ、地域の誇りを感じさせてくれます。
昼食は、郷土史家の友が老舗「かめや」の天ぷらうどんをご馳走してくださいました。変わらぬ優しい味に、故郷の温かさが重なります。食後には久しぶりに海岸まで足を延ばしました。瀬戸内海国立公園を代表する穏やかな浜辺は、子どもの頃から親しんだ風景のまま静かに広がり、潮風が懐かしい記憶を呼び覚ましてくれました。
生家との別れは寂しいものですが、故郷は家だけではありません。そこには変わらぬ自然があり、温かな友がいて、家族の思い出があります。だからこそ、これからも折に触れて故郷を訪ね、その魅力と人の温かさを心に刻み続けたいと思います。
お腹も心も満たされた、忘れることのできない一日となりました。
