岡山県立図書館で開催された「国家論」の講演会に、6月6日、午後から参加いたしました。
講師は、岡山大学法学部名誉教授の荒木勝先生です。私が岡山大学へ採用されるご縁を頂いた当時、先生は岡山大学理事(国際・社会貢献担当)、副学長として大学改革と地域貢献の先頭に立っておられました。その後も研究と教育の歩みを止めることなく、現在はアリストテレス研究の第一人者として、『政治学』『ニコマコス倫理学』などの新訳に取り組んでおられます。
アリストテレスは古代ギリシアを代表する哲学者であり、師はプラトン、弟子はアレクサンドロス大王という、西洋思想史の大きな流れの中心に位置する人物として知られています。アリストテレスは『ニコマコス倫理学』において、人間の幸福とは単なる快楽や富ではなく、「善く生きること」にあると説きました。そして『政治学』では、人間を「政治的動物」と捉え、国家とは単なる統治機構ではなく、人々がより良く生きるための共同体であると論じています。
二千年以上前の思想でありながら、その問いは現代社会にも驚くほど通じています。
今回の講演では、「国家とは何か」「天皇制とは何か」という根源的なテーマについて、歴史的経緯や法的な位置付けを踏まえながら丁寧な解説が行われました。
さらに議論は、アメリカとイランをめぐる国際情勢、中国と台湾の関係、そしてその中での日本の立ち位置へと広がりました。
世界が不安定さを増すなかで、日本は何を守り、どのような未来を目指すべきなのか。
会場からも多くの質問や意見が寄せられ、憲法、安全保障、外交、歴史認識など幅広いテーマについて熱心な議論が続きました。
また、荒木先生は退官後に「東京逍遥塾」を主宰されています。東京逍遥塾は、単なる講義や勉強会では無く、哲学、政治、歴史、文学、宗教、国際情勢など幅広いテーマについて、参加者同士が自由に意見を交わしながら学びを深める「熟議の場」であると聞いています。現代社会は、ともすれば短い言葉や刺激的な意見だけが注目されがちです。しかし東京逍遥塾では、一つのテーマについて文献を読み込み、背景を理解し、異なる立場の考え方に耳を傾けながら議論を重ねます。
そこには、古代ギリシアのアゴラ(広場)で行われた哲学的対話を重ねておられます。私も岡山大学地域総合研究センター(通称アゴラ)活動に10年間以上関わってきました。まさにアリストテレスが重視した「フロネーシス(実践的知恵)」を磨く場と位置付けて『学都構想』の実現に向けて研鑽を重ねました。知識を増やすだけではなく、社会の課題にどう向き合うか、自ら考え判断する力を養うことが目的でした。
今回の講演会も、かつての岡山大学地域総合研究センター活動や現在の東京逍遥塾の延長線上にあるように感じました。
国家や社会について考えることは、決して政治家や専門家の仕事ではなく、市民自らが地域の未来を考えることや、家族の幸せを願うことは大切です。そして、その根底には「どのような社会を次世代へ残すのか」という共通の問いがあります。
私自身、地方創生や公共政策、地域づくりに携わるなかで、制度や仕組みだけでは社会は良くならないことを痛感しています。最終的に大切なのは、人と人との対話であり、互いを尊重しながら共通善を探求する姿勢と覚悟であると確信しています。
それは二千年以上前にアリストテレスが語った政治学の核心でもあります。
久しぶりに拝聴した恩師の国家論は、単なる時事問題の解説ではありませんでした。
世界の混迷が深まる今だからこそ、私たちは何を学び、何を守り、何を次世代へ手渡していくのか。
そのことを静かに問いかける時間でありました。
ますます冴え渡る荒木先生のアリストテレス研究に敬意を表するとともに、学ぶことの喜びと対話することの大切さを改めて実感した一日となりました。
学びに定年はありません。良き師との出会いこそが、人を生涯成長させる最大の財産なのだと、あらためて感じた大切な時間でありました。
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