大和路古寺巡り―歴史への憧れをたどる2万歩

京都へ出かける機会が増え、かねて心に温めていた旅を実現することができました。朝の京都駅から奈良へ。法隆寺、中宮寺、薬師寺、唐招提寺を巡り、途中には大和郡山城跡にも足を運びました。電車とバスを乗り継ぎ、歩いた歩数は2万歩を超えましたが、長年の念願がかなった、心に残る一日となりました。

大和路の古寺は、私が日本史を好きになった原点につながる場所です。教科書や歴史の本で親しんだ寺院の名前、仏像の姿、堂塔のたたずまい。その歴史を知るほどに、いつか時間を気にせず、自分の足でゆっくり訪ねてみたいと思っていました。現役を退いたら実現したいと考えていたことの一つが、この古寺巡りでした。今もありがたいことに、各地で仕事や学びの機会を頂いています。その日々の合間に、以前からの憧れに向き合う時間を持てたことが、何よりうれしく感じられます。

最初に訪れた法隆寺は、推古天皇と聖徳太子によって607年に創建されたと伝わります。『日本書紀』には670年の火災が記されていますが、その後に再建された西院伽藍は、現存する世界最古の木造建築群として知られています。金堂と五重塔が並び、それを回廊が囲む配置には、堂々とした風格と、整った美しさがあります。1993年には「法隆寺地域の仏教建造物」として、日本で最初の世界文化遺産の一つに登録されました。

今回、その法隆寺で、初めて自分の御朱印帳を求め、御朱印を頂きました。家内は以前から御朱印を頂いていますが、私自身もようやく、その一歩を踏み出しました。日本史への憧れにつながる法隆寺が、御朱印帳の最初の一頁になったことには、私なりの感慨があります。これからこの帳面を開くたびに、念願がかなった日のことを思い出すのでしょう。

続いて訪れた中宮寺は、聖徳太子と母・穴穂部間人皇后にゆかりの深い尼寺です。若い頃には、仏像を歴史や美術の対象として見ていたように思います。しかし、年齢を重ねて向き合うと、人の苦しみを受け止め、安らぎを願うその姿が、以前とは違った意味を持ってきます。長い年月を隔てても、人が抱える悲しみや願いには通い合うものがある。古寺を訪ねる楽しみには、自分自身の変化に気づくことも含まれているのでしょう。

古寺巡りの途中には、大和郡山城跡に参りました。郡山城は1580年に筒井順慶が築城を始め、大河ドラマ「豊臣兄弟」で放映されたとおり、1585年に豊臣秀吉の弟・秀長が入城すると、豊臣政権の畿内支配を支える拠点として大きく整備されたとされています。現在、往時の天守は残っていませんが、石垣や堀、天守台が城の歴史を伝えています。城づくりの際に石材を集めたことから、石垣には石仏や墓石などの転用石も使われています。古代の祈りの世界を訪ねていた旅に、戦国から近世へと続く政治と都市の歴史が重なりました。

寺院と城跡を同じ一日の中で巡ると、大和という土地に積み重なった時間の厚みが感じられます。信仰の場があり、政治の拠点が築かれ、その周囲で人々が暮らしを営む。時代ごとに社会の仕組みは変わっても、土地の記憶は、建物や石垣、道筋の中に受け継がれていきます。法隆寺から路線バスで近鉄の駅へ出て、そこから西ノ京まで参り、まず、薬師寺を訪ねました。薬師寺の始まりは680年、天武天皇が皇后、後の持統天皇の病気平癒を願って建立を発願したとされています。薬師寺の姿を特徴づけるのは、金堂と東西の二つの塔です。金堂の薬師三尊像とともに、建築と仏像の両面から古代の豊かな造形に触れられる寺院です。

最後に訪ねた唐招提寺は、唐から渡来した鑑真和上が759年に開いた、戒律を学ぶための道場です。鑑真は日本からの招請に応え、幾度も渡航に挑みました。失敗を重ね、その間に視力も失いましたが、753年、6度目の渡航でついに日本の地を踏みました。来日後は東大寺で過ごし、その後、唐招提寺で人々を導きました。この歩みを思うと、唐招提寺の静かなたたずまいの中に、強い意志が感じられます。言葉も風土も異なる国へ、命を懸けて教えを伝えに来る。その覚悟は、年表の一行で理解し尽くせるものではありません。

国宝の金堂は、奈良時代に建てられた寺院の金堂として唯一現存する建物で天平の建築が持つ雄大さがありました。

法隆寺の悠久の時間、中宮寺の穏やかな微笑、薬師寺の病を癒やす祈りと復興の歩み、唐招提寺に息づく鑑真の志。それぞれに異なる魅力があり、巡るほどに大和路の奥深さを感じました。そこに大和郡山城跡が加わり、古代から近世へと、歴史をたどる視野も広がりました。

電車とバスを乗り継ぐ旅では、寺と寺の間にも、その土地の暮らしがあります。駅から歩き、道を確かめ、次の場所へ向かう。そうした時間も含めて、奈良を訪ねた実感が残りました。2万歩を超える一日になりましたが、好きなものを訪ねて歩けることのありがたさを、あらためて感じます。

現役を退いたら、時間を気にせず訪ねたい。そう思っていた願いが、ようやく一つかないました。日本史を好きになった頃の気持ちを、今の自分がもう一度たどる旅でもありました。

法隆寺から始まった私の御朱印帳には、これからどのようなご縁が重なっていくのでしょうか。家内が御朱印を大切にしている気持ちも、少し分かったように思います。次は一つのお寺に、もう少し長く滞在するのも良さそうです。大和路には、また訪ねたい場所ができました。

 


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