大切なお手伝いを始めます。
1月27日は、政策研究大学院大学にて、家田仁先生の研究室を訪ねました。
国政選挙の行方は気にかかりますが、そうしたイシューとは少し距離を置きつつ、今後は国策に関わるお手伝いをさせていただく予定です。
六本木から乃木坂にかけて静かなキャンパスの空気の中で、あらためて身の引き締まる思いを感じております。
研究室では、インフラ政策や国土マネジメントをめぐる最新の議論について、さまざまなお話を伺いながら、「これからの日本にとって、何が本当に大切な政策なのか」という問いが、自然と心の中に浮かび上がってきました。
思い起こされるのは、中央高速道路笹子トンネルの天井版落下事故はじめ、埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故など多くのインフラの損傷による事故です。
そうなのです。
八潮の事故から、まもなく一年が経とうとしています。
事故の原因となった下水道管は、約40年前に整備されたもので、厚みはおよそ40センチ。
それが、1年に1センチほどのペースで摩耗し、ついには耐えきれず、崩壊に至ったと報告されています。
40年という年月は、人の一生に例えれば、まさに働き盛りを過ぎた頃です。
インフラもまた、人と同じように、確実に「老いていく」存在なのだと。
この事故は、私たちに静かに、しかし重く教えてくれました。
しかも、この事例は決して特殊なものではありません。
道路、橋梁、トンネル、岸壁、港湾施設、そして、普段はほとんど意識することのない下水道や水道管―こうした社会インフラの多くが、高度経済成長期に一斉に整備され、今まさに、使用限界に近づいているのが現実です。
私たちは毎日、何事もなく道路を走り、橋を渡り、水を使い、トイレを流し、街の中を自由に移動しています。
けれども、その「当たり前」は、実は非常に脆い基盤の上に成り立っているのです。
事故が起きて初めて、その事実に気づかされる―それが、いまの日本社会の姿なのかもしれません。
ところが、こうしたインフラ老朽化の問題は、不思議なことに、国政選挙の政策争点としては、あまり前面に出てきません。
外交、防衛、経済、物価、少子化対策など、重要なテーマは数多くありますが、「足元のインフラをどう守るか」という議論は、どうしても後回しにされがちです。
国防とは、国民の命を守ること。
他国との安全保障論議を軽視するつもりは、もちろんありません。
しかし同時に、地震や豪雨、老朽化事故から命を守ることも、まぎれもなく「国防」の一部ではないでしょうか。
日常生活の中での安心・安全、つまり、「今日も無事に家に帰れること」「水が出ること」「橋が落ちないこと」こうした当たり前の積み重ねこそが、国家の最も基本的な安全保障であるように思えてなりません。
消費税減税や物価高対策の議論と並んで、「命を守るための財政」、すなわち、私たちの税金を、どのようにインフラの維持・更新に振り向けていくのか。
その道筋が、国政を決める政策論議の中で、もっと正面から語られてもよいのではないかと、強く感じます。
研究室での家田先生からの講話の中では、地域インフラ群再生戦略マネジメント、いわゆる「群マネ」の重要性、安定的な予算確保の仕組み、重点的な財政支援のあり方、制度改正の必要性、さらには激甚災害を見据えた事前防災の考え方など、多くの論点が示されました。
いずれも専門的で難しいテーマではありますが、突き詰めていけば、問いは極めてシンプルです。
「私たちは、この国の足元を、これから誰が、どうやって支えていくのか」。
目立たず、票にもなりにくく、成果が見えるまでに時間もかかる分野ですが、それでも、ここにこそ政治と行政の真価が問われているように思います。
微力ではありますが、こうした課題に真正面から向き合い、理屈だけでなく、現場の感覚を大切にしながら、少しでも社会のお役に立てる活動を続けていきたい―そんな思いを、静かな研究室の中で、あらためて胸に刻みました。
インフラとは、コンクリートや鉄の話ではなく、結局のところ、「人の命と暮らしそのもの」なのだと。
今日一日、その言葉の重みを、しみじみと感じさせられました。
