ふるさと財団の地域再生事業による現地視察で、7月22日~23日、去年に続き、北海道函館市を訪問いたしました。市役所では、大泉潤市長にも再会させて頂きました。
函館といえば、函館山から望む夜景や歴史ある港町、朝市の新鮮な海産物を思い浮かべます。しかし、今回の視察を通じて改めて感じたのは、函館の魅力は市街地や海だけではなく、その背後に広がる農村地域にも深く根を張っているということでした。これらを一つの滞在物語として結ぶものが、函館市の進める高付加価値・滞在型グリーン・ツーリズムです。
ところで、函館の歴史を象徴する場所の一つが、国の特別史跡である五稜郭です。
五稜郭は、箱館開港後、蝦夷地の統治、諸外国との交渉、海岸防備を担う箱館奉行所の移転先として江戸幕府が築いた西洋式城郭です。五つの稜堡を持つ美しい星形は、16世紀頃のヨーロッパで発達した城塞都市を参考にしたもので、日本では函館の五稜郭と長野県佐久市の龍岡城に見られる珍しい形式です。明治元年には、榎本武揚率いる旧幕府軍が五稜郭を占拠し、戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争の本拠地となりました。五稜郭は、幕末から明治へと日本の社会が大きく転換した歴史を今に伝える場所です。
その「五稜」の名を受け継ぎ、函館の新しい食文化を醸しているのが、亀尾町にある「函館五稜乃蔵」です。函館では長く酒造りが途絶えていましたが、2021年12月に54年ぶりとなる酒蔵が誕生し、2024年10月から「函館五稜乃蔵」として新たな製造が始まりました。地元亀尾町産の米をはじめ、北海道産の酒造好適米「彗星」「吟風」「きたしずく」と、地元の清らかな超軟水を使い、小仕込みによる丁寧な酒造りを展開中です。
目指しているのは、極端に個性を強調する酒ではなく、函館の魚介類や農産物に自然に寄り添い、多くの人が素直においしいと感じる地酒です。酒蔵内には「函館高専醸造ラボ」も併設されています。発酵や醸造に関する研究、酒造りの担い手育成、副産物を活用した商品開発にも取り組み、酒蔵を製造施設だけでなく、教育、研究、人材育成、地域産業振興の拠点として育てようとしています。五稜郭が過去から受け継いだ歴史資産であるならば、五稜乃蔵は、函館の米、水、技術、人材を組み合わせてつくる未来資産であるといえます。
ところで、グリーン・ツーリズムとは、農山漁村に滞在し、農業や自然、食文化、地域の人々との交流を楽しむ旅です。しかし、これまでの取り組みには、修学旅行などの団体を安い料金で短時間受け入れる、いわゆる「安価・短時間・団体」という形が少なくありませんでした。受け入れる農家の負担が大きい一方、地域に残る収益は限られ、継続性の確保が課題となっていました。そこで函館市が進めているのが、「高価格・長時間滞在・少人数」、すなわち「高・長・少」を基本とする高付加価値・滞在型グリーン・ツーリズムです。ワインや日本酒などの新しい農業資源を生かし、少人数の旅行者に時間をかけて地域を体験してもらう旅行商品づくりが進められています。函館市では、ふるさと財団の地域再生マネージャー事業も活用し、持続可能な実施体制の構築に取り組んでいます。
ここでいう「高価格」は、単なる値上げではありません。生産者から栽培の話を聞き、通常の観光では入ることのできない畑や醸造施設を訪れ、地域の食材を使った料理と酒を味わい、農村地域に宿泊する。こうした一連の体験に、相応の価値を持たせるという意味です。長く滞在すれば、飲食、宿泊、交通、買い物、体験など、旅行者の支出は地域のさまざまな事業者へ経済波及効果として広がります。少人数であれば、農家に過度の負担をかけず、一人ひとりに丁寧な説明や交流の機会を提供できます。観光客の「数」を追うのではなく、滞在の「質」と地域に残る「価値」を高める。その転換が「高・長・少」の本質です。
この高付加価値型グリーン・ツーリズムの重要な拠点となるのが、株式会社ベルヴュが運営する「ド・モンティーユ&北海道」です。ドメーヌ・ド・モンティーユは、フランス・ブルゴーニュで約300年の歴史を持つ家族経営のワイナリーです。北海道の冷涼な気候に、ピノ・ノワールやシャルドネの栽培可能性を見いだし、2016年にプロジェクトを始動、2019年から函館で植樹を進めました。2023年には函館の自社畑で初収穫を迎え、ワイナリーも完成しています。2025年12月には、函館産ブドウで醸造したワインが初めてリリースされました。この取り組みの意義は、海外の著名なワイナリーが函館へ進出したということだけではありません。ブルゴーニュで培われた栽培・醸造技術と、函館の気候、土壌、風景、農業者、料理人が出会い、函館でしか生まれない新しい地域価値をつくっていることにあります。ワイナリーには「ビストロ・ベルヴュ」が設けられています。「ベルヴュ」はフランス語で「美しい景色」を意味し、標高約230メートルの場所から函館湾を望みながら、ワインと料理を楽しむことができます。ワイナリー見学と食事を組み合わせることもでき、ワイン、景観、食を一体として体験する場になっています。
ブドウ畑を歩き、土や気候について学び、造り手の話を聞き、函館の魚介類や野菜とともに味わうことで、旅行者は函館という土地そのものを体験できます。つまり、ワインづくりは、農業、加工、飲食、観光、教育、人材育成を結ぶ地域産業となります。夜の懇親会の会場に上等のワインが持ち込まれ、振る舞って頂くという幸運に恵まれました。ピノ・ノワールの素晴らしい深みある一杯を新鮮なお刺身と共に頂く贅沢に感激でした。
また、函館の農業を語るうえで、忘れてはならないのが、グリーンアスパラガスです。函館農業生産法人有限会社や函館つるの生産組合などからなる地域の農業グループは、大根、ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、ブロッコリーなど、さまざまな野菜を生産し、市場、農協、スーパー、直売所「いもっこ市」などへ出荷しています。なかでも代表的な産品が、極太のグリーンアスパラガス「海の神」の栽培です。土づくりには、地元で廃棄されていた昆布の根や魚介類の残渣、函館競馬場から出る馬ふんなどを利用した有機質肥料を活用しています。海と農業を結び、地域内で未利用だった資源を土へ還す、函館らしい循環型農業です。
良好に育った2Lサイズ以上の極太のものだけが選別され、ブランド品として出荷されます。穂先から根元まで柔らかく、みずみずしさと甘みがあり、生でも味わえるほどの品質が評価されています。この「海の神」は、全国から選び抜いた食品を扱う成城石井の店頭に並んでいます。函館の農産物が価格だけでなく、鮮度、生産方法、味、作り手のこだわりによって評価されていることを示しています。この生産現場をグリーン・ツーリズムに組み込めば、旅行者は、店頭に並ぶ完成品を見るだけでなく、朝の収穫、選別、土づくり、生産者の工夫を体験できる企画が生まれると感じました。
そして、朝採れのアスパラガスを畑で味わい、昼には函館産ワインとともに焼きアスパラを楽しみ、夜には函館の魚介類や肉料理、日本酒と組み合わせるツアーが、有志の皆さんによって生まれようとしています。旅行者は、ワインや日本酒、アスパラガスを単なる商品として消費するのではなく、それらが生まれる背景にある自然、歴史、技術、働く人々の思いを持ち帰ります。函館市が目指すのも、ワイン、日本酒、農産物を一体的に組み合わせ、地域の暮らしや食文化そのものを体験してもらう観光です。
そこに、「人を大切にする地域経営」と「地域資源を未来資産へ」という、函館のグリーン・ツーリズムが目指す姿があるのではないかと感じました。
お土産に頂いた「海の神」を、さっそく、塩ゆで、バター炒め、サラダにして頂きました。筆舌し難い美味しさに感激いたしました。
函館の皆々様のお気遣いに感謝申し上げます。
