第4回となる政策研究大学院大学(GRIPS)のインフラマネジメント研究会(GRIPS-IMF)は、講師に法政大学デザイン工学部の今井龍一教授を講師にお招きして「インフラマネジメントDXの進化―可視化・AI学習・自律実行へ―」と題して、7月10日、政策研究大学院大学4階会議室で拝聴しました。人口減少とインフラ老朽化が同時に進行する我が国において、これからの社会資本マネジメントのあるべき姿を示す、大変示唆に富む内容でした。
講演では、DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、紙の台帳を電子化したり、点検記録をデジタル化したりすることではなく、インフラマネジメントそのものを変革する取り組みであることが強調されました。これまで橋梁や道路、トンネル、上下水道などの維持管理は、現地での目視点検や紙の調書、さらには技術者個人の経験や勘に大きく依存してきました。しかし、人口減少や技術者不足が深刻化する中では、この従来型の管理手法だけでは社会資本を持続的に維持していくことは困難になりつつあります。
その中核となる技術が「デジタルツイン(Digital Twin)」です。デジタルツインとは、橋梁や道路、トンネル、河川、上下水道など現実に存在する社会インフラを三次元空間上に高精度で再現し、現実世界と仮想空間をリアルタイムで連携させる技術です。ドローンやレーザースキャナー(LiDAR)、MMS(モービルマッピングシステム)、IoTセンサー、人工衛星、気象データなど、公開情報をベースとして多様な情報を統合し、単なる三次元モデルではなく、「現実とともに成長するもう一つの社会資本」をデジタル空間に構築することが特徴であると説かれました。
例えば橋梁では、構造物の形状だけではなく、ひび割れや腐食の状況、交通量、振動、気温や降雨量などのデータを継続的に蓄積することができます。その結果、現在の状態を把握するだけでなく、「あと何年で補修が必要になるのか」「大規模地震が発生した場合にどの部材が損傷しやすいのか」といった将来予測やシミュレーションも可能になります。従来の維持管理台帳が「過去を記録する仕組み」であったのに対し、デジタルツインは「未来を予測し、最適な維持管理を支援する基盤」へと進化していることに驚きました。
そして、今井教授は、インフラDXの進化を三つの段階で整理されました。
第一段階は「可視化」です。ドローンやレーザースキャナーなどで取得した膨大な点群データを活用し、橋梁や道路などの構造物を三次元空間上に忠実に再現します。現場へ行かなくても、構造物の状態を立体的に確認でき、点検履歴や補修履歴を重ね合わせて管理できるようになります。インフラの状態を「見える化」することが、DXの出発点となります。
第二段階は「AI学習」です。デジタルツイン上に蓄積された膨大な点検履歴、画像データ、補修履歴、交通量、環境条件などをAIが学習することで、構造物の劣化傾向や損傷発生の特徴を分析し、将来の劣化予測や補修優先順位の判定を支援します。これまで熟練技術者が経験によって培ってきた知識をデジタル資産として継承し、次世代へ引き継ぐことが可能になります。
第三段階は「自律実行」です。AIが異常を検知し、補修の優先順位を提示し、予算や人員を考慮した最適な維持管理計画を立案するとともに、ドローンや点検ロボットによる自動巡視とも連携しながら、限られた人材で効率的な維持管理を実現する世界です。人間は政策判断や最終的な意思決定を担い、AIは膨大なデータ解析や予測を担うという役割分担が想定されています。
ここで強く感じたのは、DXは単なる技術革新ではなく、「地域経営」を支える新たな社会基盤であるということです。
この政策研究大学院大学(GRIPS)のインフラマネジメント研究会(GRIPS-IMF)では、家田仁会長のもと、「インフラマネジメントは施設管理ではなく、人口減少社会における自治体経営そのものである」という考え方が繰り返し議論されています。インフラを単なる構造物として管理するのではなく、人口動態、財政状況、地域交通、防災、都市計画などと一体的に捉え、地域全体の将来像を描くことが重要であるという考え方です。
この視点から見ると、デジタルツインは橋梁や道路を三次元化する技術にとどまりません。公共施設、上下水道、公共交通、防災、人口、財政など地域に関するさまざまなデータを統合し、「地域全体のデジタルツイン」を構築することで、施設更新の優先順位や将来の財政負担、居住誘導、防災対策などを総合的に検討できる政策基盤へと発展していきます。
つまり、「可視化」は現状を共有し、「AI学習」は未来を予測し、「自律実行」は政策判断を支援するという三段階の進化は、インフラDXそのものの進化であると同時に、自治体経営を高度化するプロセスでもあります。
人口減少が進むこれからの時代には、インフラを「造る時代」から、「賢く使い、次世代へ引き継ぐ時代」へと発想を転換しなければなりません。そのためには、デジタルツインやAIなどの先進技術を積極的に活用するとともに、地域の将来像を描き、市民との対話を重ね、将来世代への責任を果たしていくことが求められます。
一方で、人の在り方が問われる時代でもある点を講評で家田先生がご指摘されました。人の労働する価値とは何かを明らかにしつつ、AI技術を如何に使いこなすことができるかを明らかにすることも研究者の責任である点を強調されました。
私がこれまで提唱してきた「公共施設から地域経営へ」「人を大切にする公共施設マネジメント」「森を見て木を見る」「将来世代への責任」という考え方は、技術は目的ではなく、人を支え、地域を支え、持続可能な地域経営を実現するための手段であると位置づけさせて頂いてきました。この考え方は、私が座長として取り組ませていただいている備前市の「公共施設のあり方を考えるタウンミーティング」とも重なります。備前・日生・吉永の三会場では、市民の皆さんとともに公共施設の老朽化や人口減少という現実を共有しながら、「施設をどう残すか」ではなく、「どのような地域を次の世代へ引き継ぐのか」という視点で活発な議論を重ねました。
その中で私が繰り返し申し上げたのは、「公共施設から地域経営へ」という考え方です。公共施設は目的ではなく、教育、文化、福祉、防災、地域コミュニティ、産業、観光など、人々の暮らしを支えるための手段です。施設の利用率や維持管理費だけを議論するのではなく、人と人とのつながりや地域文化、地域への誇りといった人的資本や社会関係資本を含めて、その価値を考える必要があります。
今回紹介されたデジタルツインは、この地域経営を支える極めて有効な基盤技術になると感じましたが、橋梁や道路を三次元で可視化、さらに公共施設、公共交通、防災、人口分布、財政状況などを統合した「地域全体のデジタルツイン」が実現すれば、将来の人口構造や財政負担を踏まえながら、どの施設を残し、どの地域へ重点的に投資すべきかを、市民と行政が同じ情報を共有しながら議論できるようになります。DXは、専門家だけのための技術ではなく、市民との対話を深めるための共通言語にもなり得るのです。
一方で、備前市タウンミーティングで私がお伝えした「森を見て木を見る」という言葉では、人口減少や財政制約という「森」を俯瞰しながら、一方で、それぞれの地域や公共施設、人々の暮らしという「木」を丁寧に見つめることが重要です。デジタル技術は森を見渡す力を高めますが、地域の歴史や文化、人々の思いまで判断することはできません。最後に未来を選択するのは、地域に暮らす人々であり、行政や議会であり、そのための対話が欠かせません。
私はこれからのインフラマネジメントは、「可視化」「AI学習」「自律実行」というDXの進化に加え、「共創」という第四のステージが必要になると考えています。AIが分析し、デジタルツインが未来を見える化し、その情報を人が人の生活として捉えながら、人である市民・行政・議会が共有して地域の将来像を決定することが重要です。このプロセスこそが、AIではできない大切な公共施設・インフラマネジメントの実践であり、換言すれば「人を大切にする公共施設マネジメント」の姿ではないでしょうか。
人口減少社会では、インフラを「造る時代」から、「賢く使い、未来へ引き継ぐ時代」へと大きく転換しています。デジタルツインやAIは、その転換を支える重要な技術ですが、目的ではありません。目的は、人を育み、地域を守り、将来世代へ持続可能な地域社会を引き継ぐことです。その意味で、今井教授のご講演とGRIPS-IMFでの議論、そして備前市タウンミーティングで市民の皆さんと積み重ねてきた対話は、一つの方向性を示しているように感じました。これからも「公共施設から地域経営へ」という理念のもと、デジタル技術と市民参加を両輪とした新しいインフラマネジメントの実践に取り組んでいきたいと思います。
デジタルツインとAIが進化する時代だからこそ、人の存在意義と活躍を地域社会と共に中心に据えたインフラマネジメントの重要性を改めて強く感じた研究会でありました。
